在宅勤務を認めるかどうかで、チームリーダーと口論になりかけた。
でも、争点は「在宅を許すかどうか」ではなかった。チームリーダーが良かれと思ってやったことが、チームリーダー自身を危うくしていた。それを私がどう止めたか、そして私自身がどこで間違えたかの記録です。
何が起きたかを、先に3行で
1. メンバーが「在宅勤務をしたい」と申し出た
2. チームリーダーが「在宅する理由と条件を、自分の言葉で資料にまとめてほしい」と依頼した
3. 報告を受けた私が、「その資料は危ない」と待ったをかけた
登場人物は3人だけ

- 私 — 部門のマネージャー。この記事の書き手
- チームリーダー — 私の直属の部下。チームをひとつ任せている
- メンバー — チームリーダーの部下。私から見れば「部下の部下」
この上下関係だけ覚えておいてください。私はメンバーに直接指示を出す立場ではない。この距離が、この話のすべてです。
事実だけなら、たったこれだけです。なぜ私が止めたのかを、順に書きます。
場面1:驚くほど丁寧な申し出と、返ってきた条件
在宅で働きたい。それだけなら、ひと言で済む話だ。
ところがメンバーは、プレゼン形式で「こう進めます」とチームリーダーに説明した。週の予定表まで作ってきていた。
誰に強制されたわけでもない。真面目な人なのだ。
相談を受けたチームリーダーは、まずこう返した。
周りのことも、ちゃんと聞きながらやってね。
ここでいう「周り」は、同じチームの同僚のことだ。その上で、こう付け加えた。
在宅する理由と条件を、自分の言葉で整理した資料を作ってくれる?
在宅を認めないとは言っていない。でも、資料を出すのが条件になった。
場面2:私のところに報告が来た
そのやりとりを、チームリーダーが私に報告した。
聞いてすぐ、私はこう言った。
あなたが刺されるのだけは避けたい。
チームリーダーは少し驚いた顔をした。在宅の可否を話しているつもりだったのに、私が心配したのはチームリーダー自身の身の安全だったからだ。
私が最初に確かめたのは、資料の「宛先」だった
確かめたかったのは、その資料が誰に見せるものなのかだった。
- メンバーが、私や経営層に在宅を認めてもらうための防衛資料なのか
- それとも、メンバー自身が考えをまとめるための整理メモなのか
チームリーダーの答えは早かった。メンバーを守るためです、と。
理由も筋が通っていた。在宅が始まれば、同僚や他部署から声が出る。「通勤したくないだけでしょ」「荷物を受け取りたいだけじゃないの」。経営層から「なぜあの人は在宅なのか」とチームリーダーが問われる場面もある。
そのとき、メンバー自身が整理した条件が一枚あれば、チームリーダーはその場で説明できる。
さらにこのチームリーダーは、他部署から「在宅はあまり良くない」という空気を聞いていた。だから先に手を打とうとした。ついでに言えば、夜7時、8時からの打ち合わせに出て、自分の作業時間を削っている人だ。
動機に、悪意の入る隙間はない。
それでも私が止めた理由
私が引っかかったのは、その資料がメンバーの目にどう映るかだった。
メンバーがこう言い出す場面を、私は想像した。
なぜ私だけ、在宅するのに資料を作らされるんですか。
これはこのメンバー個人の性格の話ではない。丁寧に筋を通してきた人ほど、こう感じる。自分は誠実にやったのに、追加で説明を求められた、と。
つまり、こういうことが起きる。
チームリーダーが盾のつもりで渡したものが、受け取るメンバーには試験用紙に見える。
そして最悪の場合、メンバーからの申し立てになりかねない。守ろうとしたチームリーダーのほうが、加害者の位置に立たされる。
能力の問題ではない。善意は、伝達の途中で意味を変える。中間管理職の事故は、たぶんほとんどがこの区間で起きている。
背景:会社のルールは一行しかない
そもそも、なぜチームリーダーはここまで身構えたのか。ルールの側に理由がある。
在宅勤務について、うちの規定を要約すると一行になる。
業務に支障をきたさないこと。
これだけだ。あとは各チームの責任者の判断に委ねられている。
私の解釈は単純だった。年休と同じで、メンバーが業務調整をしたうえで在宅するなら問題ない。週1程度で支障がなければ私は認める。実際、私が見ている別のプロジェクトでは、特別な手続きなしに在宅を認めている。
だからチームリーダーには、そこまで身構えなくていいと伝えた。「在宅は良くない」という空気は他部署の一部にあるだけで、全社の合意ではない。
一行しかないルールは、寛容に見えて、実は判断を現場に丸投げしている。丸投げされた側は、たいてい過剰に身構える。今回の防衛資料は、その症状だった。
ただし、「困らない」のは誰か
ここまではチームリーダーを楽にする話だった。でも、同じ場でもうひとつ伝えたことがある。
極論、困らないなら在宅でいい。ただし、誰が困らないのかを間違えないでほしい。
私のような立場から見て仕事が回っていれば、支障なしに見える。だが同じチームの同僚から見ると、景色が違う。
- 聞きたいときにメンバーに聞けない
- レビューが止まる
- その場で終わるはずの判断が翌日に回る
私には見えない負荷が、同僚に積み上がる。判断そのものが正しくても、視点がひとつ足りないと不公平感だけが残る。
同僚への配慮は、メンバーを縛るためではない。メンバーが在宅を続けられる状態を作るために要る。
ここまで書いて、自分の落ち度も書いておく
私は、チームリーダーの意図を先に問い詰めた。「それは防衛資料を作れという指示なのか」と。
順番が逆だった。
先に確かめるべきだったのは、申し出たメンバーがどう受け取ったかだ。
メンバーが何も気にしていないなら、この議論は最初から要らなかった。逆にメンバーが傷ついていたなら、チームリーダーを問い詰める前にメンバーを手当てすべきだった。
私は、チームリーダーを守ろうとして、チームリーダーを詰めた。守る側に回るときほど、こういう間違いをする。
結局、決めたのは3つだけ
在宅の可否は、その場で裁定しなかった。決めたのは手順だけだ。
1. チームリーダーが実際にどう依頼したのかを、言い方まで含めて確認する。
事故を起こすのは依頼の内容ではなく、伝わり方だ。
2. メンバーがどう受け取ったかを、チームリーダーを介さず私が直接聞く。
「どう受け取った?」の一言で防げるものは、思っているより多い。
3. ルールはメンバー個人でなくチーム単位で言語化し、基準は申請の前に示す。
メンバー一人に資料を書かせれば「審査」になる。同じ条件をチーム全員に先に示せば「運用」になる。中身が同じでも、対象範囲と順番だけで意味が反転する。
おわりに
在宅勤務の話に見えて、実際は誰が判断の責任を持ち、誰がその責任で傷つくのかという話だった。
ルールが一行しかない組織では、その一行を現場で使える形に翻訳する人が要る。中間管理職の仕事の相当な部分は、この翻訳だ。そして翻訳は、うまくいっているときほど誰にも気づかれない。
明日ひとつだけやるなら、これを勧めたい。自分の部下に何かを依頼したあと、「どう受け取った?」と一度聞き返すこと。それだけで、善意が事故に変わる区間を短くできる。
このシリーズでは、中間管理職として実際にやってしまった判断を、そのときどう間違えたかまで含めて書いています。同じ立場で似た場面に出くわす方に届けば幸いです。
※ 実際の業務経験をもとに書いていますが、当事者が特定されないよう内容を変更し、脚色しています。