足りなかったのは、人でも技術でもない。時間だった。
そして私は、いちばん動かしやすいところから動かした。動かしたのは、自分の時間ではありませんでした。
何が起きたかを、先に3行で
1. 確認作業を自動化する試作で、当初の見立てより作業量が大きく増えることが分かった
2. 期限は動かない。私は会議で「今月は残業でお願いします」と言った
3. 同じ会議で出ていた「難しい確認項目を外す案」を、私は紙にしなかった
登場人物は3人だけ

- 私 — 部門のマネージャー。このプロジェクトを預かっている
- メンバー — 試作を実際に作っている人。私の依頼を受ける側
- 顧客の責任者 — 発注元。作業の範囲と期限を決められる、唯一の相手
期限を動かせるのは顧客の責任者だけです。私にできるのは、範囲を削る相談を持ちかけるか、メンバーに時間を足してもらうかの二つしかありません。この非対称が、この話の全部です。
事実だけなら、たったこれだけです。なぜこの順番になったのかを、順に書きます。
場面1:見立てが外れたと分かったのは、始めてすぐだった
あるプロジェクトで、確認作業を自動化する試作を進めていた。ひとつの書類を読み取れば答えが出る。最初はそう考えていた。
始めてみると、そうではなかった。ひとつの確認に、いくつもの記録を突き合わせないと結論が出ない。書式は揃っておらず、誤字もある。人が読んで判断していたものを、そのまま機械に渡すことはできなかった。
作業量は増えた。期限は動かない。ここまでは、よくある話だ。
場面2:会議で、私は三つのうち時間を選んだ
期限が動かず、量が増えたとき、動かせるものは三つしかない。
- 範囲を削る — 顧客の責任者との話がいる
- 人を足す — 別の調整がいる
- 時間を足す — その場で言えば済む
私は三つ目を選んだ。
今月は、残業でお願いします。
会議はそれで通った。いちばん早いものを選んだ。それだけだ。
そして同じ会議で、確認項目のうち難しいものを外す案も出ていた。全部が無理なら、一部を落として残りで成立させればいい。私もその案に賛成した。
でも私は、その案を紙にしなかった。どれを落とし、代わりに何を出すのか。顧客の責任者に持っていける形にはしなかった。
私が引っかかったのは、二つを同じ場に並べたことだ
外す案は「難しかったら」という条件付きで置かれた。残業は今月から実行される決定になった。
口に出しただけの案と、実行される決定を、私は同じ会議で並べた。並べた時点で、どちらが実際に動くかは決まっている。
外に交渉するより、身内に頼む方が早い。私が本当にやったのは、その選択だ。
総量で頼む側と、一日で受け取る側
頼む側から見ると、残業は総量の話になる。足りない分を人数で割ればいい。数字としては小さく見える。
受け取る側から見ると、残業は自分の夜の話だ。何時に帰るか、家で何ができなくなるか。総量の一行が、一日の形を変える。
そして、残業を前提に線を引くと、遅れの意味が変わる。時間を積んでも間に合わなかったとき、それは計画の失敗ではなく、個人の頑張り不足に見える。仕組みの問題が、人の問題に翻訳される。
私は、その翻訳の入り口を自分で作った。
背景:残業は命令ではなく、依頼のはずだ
うちのルールでは、残業は上限の範囲で、本人の同意を前提にする。命令ではない。どこの会社もそうだろう。
私の解釈も、そこは同じだ。だから「お願いします」と言った。断ってもいい形にはしたつもりだった。
ただ、期限が動かないと全員が知っている場で、私が「お願いします」と言えば、それは依頼の形をした前提になる。言葉の形と、場の力は別物だ。
ただし、山を越えるための残業はある
残業をすべて悪だと言うつもりはない。短い期間に山があり、越えれば楽になると分かっているなら、そこに時間を積むのは合理的だ。私自身、そうやって越えた山がいくつもある。
問題は、期間を切らずに「残業で」と言うことだ。切らない残業は、翌月には基準になる。基準になったものは、誰も撤回を言い出さない。
山を越えるための残業と、帳尻を合わせるための残業は、外から見ると同じ形をしている。違うのは、終わりが決まっているかどうかだけだ。
私の落ち度は、押し返してこない方を選んだことだ
範囲を削る交渉には、断られる可能性がある。説明の準備もいる。時間もかかる。
身内への依頼には、そのどれもない。その場で言えて、たいてい通る。
早く動くものから手を付けると、たいてい、いちばん押し返してこないところに寄る。私がやったのはそれだった。
私が決めたのは、3つだけ
1. 時間を足す前に、範囲を削る案を一枚だけ作る。
顧客の責任者に出すかどうかは後で決めていい。作らずに時間へ行かないことだけを決める。
2. 残業を前提にするときは、終わりの日を同時に決める。
いつ元に戻すかを言わない残業は、翌月の基準になる。
3. 頼むときは、総量ではなく一日あたりで言う。
総量で言うと、受け取る側が自分の一日に翻訳する作業を引き受けることになる。その翻訳は頼む側がやる。
おわりに
計画が足りないと分かったとき、動かせるのは範囲と人と時間しかない。このうち、いちばん早く動くのが時間だ。そして、いちばん静かに誰かの生活を削るのも時間だ。
明日ひとつだけやるなら、これを勧めたい。足りないと分かった瞬間に、時間を足す前に「範囲を削る案」を一枚だけ書いてみること。出さなくてもいい。書いた案があるかどうかで、時間を足す判断の意味が変わる。
このシリーズでは、中間管理職として実際にやってしまった判断を、そのときどう間違えたかまで含めて書いています。同じ立場で似た場面に出くわす方に届けば幸いです。
※ 実際の業務経験をもとに書いていますが、当事者が特定されないよう内容を変更し、脚色しています。