自動車系のSIer(システムの受託開発をする会社)で中間管理職をしています。開発の請負と準委任が中心で、客先の製品開発に入って仕事をする部門です。
「もう使わせない方がいいんじゃないですか。」
画面越しの会議で、その一言が出た。メールを読み書きする道具の利用を止める決定まで、一分もかからなかった。
私は、止める判断そのものには今も反対していない。二度続けて訓練のメールを開いた人がいた。情報を守るために、まず利用を止める必要はあった。
それでも通話を終えた後に残ったのは、止めることではない。私は、情報を守ることと、その人自身を守ることを同じ決定にしたかったのに、「いつまでですか」と聞かないままだった。利用を止めた人は、いつ、何をすれば戻れるのか。その問いを、誰も置かなかった。
目次
第1部 場面 — 利用を止めると決めた会議
1. 登場人物は3人、うち1人はこの場にいない
2. 2度目だったという報告
3. 「もう使わせない方がいい」
4. 期限を聞かないまま
第2部 考察 — なぜ終わりを決めなかったのか
5. ここで、別の一手もできた
6. 守るための制限は、何に見えるか
7. ただし、止めない選択は取れなかった
8. 私が信じていた前提
第3部 打ち手 — 次に同じ場面が来たら
9. 私が決めたのは、3つだけ
10. その後
11. おわりに
第1部 場面 — 利用を止めると決めた会議
登場人物は3人、うち1人はこの場にいない
- 私(部門のマネージャー。会議で措置を決める側)。守りたいもの=情報を守ることと、措置を受ける人自身を守ること
- 会議の参加者(情報を守る役割を持つ、措置を決める側)。守りたいもの=情報を守ること
- 2度開いた人(不在)(訓練のメールを続けて2度開き、措置を受ける側)。守りたいもの=メールを読み書きする道具を使える状態

私と会議の参加者は、利用を止めるかどうかを決める側だった。二度開いた人は、その会議にいない。決める側と受ける側は、一度も同じ会議に参加していなかった。
何が起きたかを、事実だけで先に書く。
1. 偽のメールを送って、開くかどうかを見る訓練で、続けて2度開いた人が出た。
2. 会議で利用を止める提案が出て、メールを読み書きする道具の利用停止が決まった。
3. 1人については期限を切らない措置になり、私は「いつまでですか」と聞かなかった。
ここからは、止める決定がどこで終わりを失ったのかを順に書く。
2度目だったという報告
定期的に行う訓練の結果を、画面共有で確認する会議だった。偽のメールを開いたかどうかが記録され、本物そっくりの文面が届く。
私は、二度続けて開いたという事実を、まず止める必要がある知らせとして受け取った。一度目なら注意で済む。二度目となれば、同じ道具を使い続けることには危うさが残る。
この訓練は、私には測定のためのものに見えている。何割が開くのか、どんな文面が見分けにくいのか。その答えを知る。開いても被害が出ない形で、次の仕組みを直すための材料を取る。
ただ、その日の会議では、訓練の意味より二度目という結果が先に立った。私は安全を確保するために、利用を止める判断へ進むことにした。
止めることは、その場では迷いの少ない答えだった。
「もう使わせない方がいい」
画面越しに、短い提案が出た。情報を守る役割を持つ人たちの中に、措置を受ける人はいない。
「もう使わせない方がいいんじゃないですか。」
私は提案には反対せず、措置の重さについては意見を言った。恒久的にするかどうかも議論になったが、利用停止は提案から一分もかからずに決まった。
決まったのは、メールを読み書きする道具の利用を止めることだった。一人については、期限を切らない措置になった。
私は、危ないと判断したらまず止める順番は間違っていないと考えた。けれど、止めることと終わりを決めることは、その会議では別の話になっていた。
期限という言葉だけが、その場の沈黙に残った。
期限を聞かないまま
会議での発言が一段落しても、期限という語は出なかった。措置を受ける人は、最後までその会議に参加しなかった。
利用を止める必要を優先した私は、解除の条件と期間、誰が判断するのかまで決めるべきだと考え切れなかった。
それでも私は、「いつまでですか」とは一度も聞かなかった。条件も期間も、判断する人も、未定のまま。
止めれば当面の危険は避けられる。その人自身も守れる。私はその時点で安心してしまった。戻す道を同時に決める、管理職として必要な厳しさを引き受けられなかった。
私たちが決めたのは、止めることだけだった。
第2部 考察 — なぜ終わりを決めなかったのか
ここで、別の一手もできた
制限を決めるとき、解除の条件も同じ会議で決める。これが、ここで取れた別の一手だった。
期間でも、講習の受講でも、次の訓練の結果でもよい。大事なのは、何を満たせば戻れるのかと、誰がそれを判断するのかを、利用を止める決定と一緒に置くことだ。
その場で条件まで決められないなら、いつ誰が決めるのかだけでも決める。制限を受ける人に、答えのない問いを渡さずに済む。
私はこの一手を取らなかった。情報を守る決断を急ぐほど、戻す条件を定める厳しさを後ろに置いた。
守るための制限は、何に見えるか
決める側から見れば、この制限は守るための措置だ。組織を守り、二度開いた人自身も守る。そこに悪意があったわけではない。
受け取る側からは、同じ制限が罰に見えることがある。仕事の道具を取り上げられ、周りは理由を知っている。それなのに、自分だけは終わりを尋ねても答えを得られない。
実際にそう聞かれたわけではない。ただ、通話を終えた後に私は、こう問われる場面を想像した。
「いつになったら戻るんですか。」
期限も条件もなければ、私に返せるのは「様子を見て」しかない。質問しても答えが返らないと分かっている問いは、そのうち口にされなくなる。
この型の名前を、戻す条件のない制限と呼ぶ。安全のために止めたのに、戻るための質問まで細らせかねない制限だ。
訓練で開いた人を止めれば、次の数字は良くなるかもしれない。しかし、どの文面が見分けにくかったのかという仕組みの側は、そのまま残る。
ただし、止めない選択は取れなかった
ただし、個人の責任をゼロにはできない。二度続けて開いた事実は残る。それを全部仕組みのせいにすれば、その人を子ども扱いすることになる。
だから、制限が必要だったという判断は変わらない。危ないと判断したら、まず止める。その順番も違わない。
違うのは、その後を決めなかったことだ。止めることは即断でいい。戻すことこそ設計がいる。私たちは、即断の方だけを丁寧にやった。
私が信じていた前提
私の落ち度は、制限に反対しなかったことではない。止める必要を認めながら、期限のない状態で人を宙に置くことまで、その会議で決め切れなかったことだ。
私が信じていた前提は、「まず止めれば、当面の危険を避けられて、その人自身を守れる。戻す道は後で整えればよい」だった。
その前提があったから、私は措置の重さについては意見を言えても、終わりを問えなかった。人を守りたいと思うほど、戻す条件を明文化する冷たさを避けた。
根拠のない安心を先に抱いたのは、私だった。
第3部 打ち手 — 次に同じ場面が来たら
私が決めたのは、3つだけ
1. 制限を決める会議で、解除の条件、期間、判断する人を一緒に決める。
期間でも、講習の受講でも、次の訓練の結果でもよい。制限だけを先に決めない。
・効く条件:制限を決める側が、解除の条件まで決められるとき。
・効かない条件:その会議に解除を決める権限がなく、持ち帰る先も決まっていないとき。
2. 伝えるときは、制限の内容より先に解除の条件を言う。
順番を変えるだけで、同じ措置を罰ではなく手順として渡しやすくなる。
・効く条件:解除の条件と、誰が判断するかが決まっているとき。
・効かない条件:条件が未定のまま、答えのない説明をするしかないとき。
3. 2度開いた人には、なぜ開いたのかを一度聞く。
注意を促すためではない。どの文面が見分けられなかったのかを集め、次は仕組みの側を直す材料にする。
・効く条件:聞いた内容を、次の訓練の文面や仕組みを見直す材料にできるとき。
・効かない条件:聞くだけで終わり、仕組みの側を変える場がないとき。
その後
会議で決まったのは、メールを読み書きする道具の利用を止めることだった。一人について、期限を切らない措置になった。
利用がいつ戻ったのか、戻す条件が後から決まったのかは、元の記録には残っていない。ここでは、まだ結果は書けない。
おわりに
メールを読み書きする道具を止める判断には、一分もかからなかった。その道具を戻す条件を言葉にするために、私は一言も使わなかった。
戻す条件のない制限を見つけたら、次は「いつまでですか」と聞く。制限を決めた場で、終わりの条件まで置く。それが、止めた人を宙に浮かせないために、私が明日からする一つの行動だ。
このシリーズでは、中間管理職として実際にやってしまった判断を、そのときどう間違えたかまで含めて書いています。同じ立場で似た場面に出くわす方に届けば幸いです。
※ 実際の業務経験をもとに書いていますが、当事者が特定されないよう内容を変更し、脚色しています。
公開前チェック
- [ ] 固有名詞の残存(本文・frontmatter・補足を含む)
- [ ] 時期の特定性
- [ ] 一人称による逆算リスク
- [ ] 公開までの時間を置くこと
- [ ] 就業規則・SNS発信ルールとの整合