締め切りに間に合わないと分かったとき、マネージャーがやることは二つある。何を落とすかを決めることと、落とした理由を用意することだ。

その日、私は後者に時間をかけた。落とす判断より、落とし方の説明のほうを先に設計していた。

何が起きたかを、先に3行で

1. 試作でやる範囲を絞ったつもりだったが、必要な材料が想定より多いと会議中に判明した
2. 私は「できないものはできないでいい。落としてかまわない」と言った
3. その直後に「聞いていなかったから無理です、という返しはしないでほしい」と言った

登場人物は4人

図版
  • 私 — 部門のマネージャー。この記事の書き手
  • チームリーダー — 私の直属の部下。この試作開発の窓口
  • メンバー — チームリーダーの部下。実装を担当する
  • 客先 — 発注元。試作の依頼主

ふだんの私はメンバーに直接指示を出さない。だがこの会議には全員が同席していた。一段離れているはずの私の言葉が、その日は直接メンバーに届いた。

同じ口から、逃げ道と、逃げ道を塞ぐ言葉が続けて出た。

場面1:絞ったつもりの範囲が、絞れていなかった

前の打ち合わせで、確認する材料を二種類に絞ったはずだった。

ところが会議で一項目ずつ突き合わせていくと、一つの回答を作るのに複数の材料を見なければ成立しないと分かった。メールだけでは足りない。書類に押印があるか、件名が合っているか、回答した部署の署名があるか。いくつも突き合わせて、やっと一つの答えになる。

メンバーの認識は違っていた。

二つの課題に絞った、という認識でした。

これは誤解ではない。私が絞ったのは「先に着手する対象」であって、「最終的に必要な材料」ではなかった。同じ言葉を、二人が別の意味で持ち帰っていた。

私はその場でこう言った。

全体をずっと追いかけているのは、たぶん私だけです。説明が足りていませんでした。

ここまでは、たぶん悪くない。

場面2:私は「できないものはできない」と言った

問題は締切だった。実装に使える時間は、もう二週間もない。

だから私は逃げ道を先に提示した。全項目そろわなくてもいい、出現頻度が低くて難易度が高いものは今回落として、残りでやりましたという結果でも構わない。

この判断自体は、いま見ても正しいと思う。試作は完成度ではなく、成立するかどうかを見せるための工程だ。全部やろうとして何も動かないほうが悪い。

場面3:その直後に「頑張ってほしい」と言った

ところが、私は同じ発言の続きでこう言った。

ただ、今の時点で「そこまで聞いていなかったから無理です」という返しは、してほしくない。

そして、しばらく残業してもらうことになる、と付け加えた。

並べ直すと、こうなる。

1. 落としていい
2. ただし「聞いていない」を理由にするのは認めない
3. しばらく残業してほしい

1で開けた逃げ道を、2と3で塞いでいる。しかも塞いだのは私で、塞がれたのは実装する側だ。

私が用意していたのは、落とす基準ではなく落とす理由だった

あとで自分の発言を並べて気づいた。私が会議で並べていたのは、全部「落としても大丈夫な理由」だった。

  • 出現頻度が低い項目だから
  • 試作なので、デモが成立する形の材料でいい
  • 報告の期限は、納品の期限より後ろにある
  • 納品できないという事態にはならない

どれも間違っていない。だがこれらは「何を落とすか」を決める基準ではなく、「落としたあとに説明するための材料」だ。

落とす基準なら、こう書けたはずだった。回答の骨格に効かない項目から落とす。実装コストが同じなら、客先が見る頻度の高いほうを残す。私はその形の言葉を、一度も口にしていない。

背景:試作の締切は、成果物ではなく報告で決まっている

なぜ「落としても大丈夫な理由」ばかり増えるのか。締切の作られ方に理由がある。

試作の期限は、実物が動く日ではなく、報告する日で決まる。報告の場に何かが出ていれば、その工程はいったん成立する。

だから逆算すると、「何を作るか」より「何を説明できるか」のほうが先に固まる。説明が立つなら中身は後から足せる、という順序で頭が動く。

この順序は、外に対しては合理的だ。問題は、同じ順序を内側にも持ち込んでしまうことにある。作る人に対しても、基準ではなく言い訳の形で話してしまう。

留保:この設計は、うまくいけば誰も傷つかない

公平のために書いておく。

動くものを先に出し、落とした分の説明を用意しておく。この段取りが機能すれば、客先は困らず、実装する側も炎上しない。実際、報告の期限には余裕があった。読み違えていたわけではない。

「諦め方を設計する」こと自体は、マネージャーの仕事のうちだと思う。全部やると言い張って全部落とすより、はるかにましだ。

問題は設計の中身ではなく、その設計を誰に向けて話したかだった。

私の落ち度は、逃げ道を自分の口で開けて自分の口で塞いだことだ

一番書きにくいのはここだ。

もし本当に「落としていい」と思っているなら、落とす基準まで一緒に渡すべきだった。基準がないまま「落としていい」とだけ言えば、判断は実装する側に降りる。降りた判断は、あとで「なぜそれを落としたのか」と問われる可能性を含んでいる。

基準のない許可は、許可ではなく責任の移動だ。

さらに私は、その直後に「聞いていないという返しはしないでほしい」と言った。認識のズレは私の説明不足だと、自分で認めたばかりだった。認めた口で、ズレを理由にすることを禁じている。

説明不足を認める言葉と、説明不足を言い訳にするなという言葉は、両立しない。

決めたのは3つだけ

反省で終えると次も同じことをするので、手順の形にした。

1. 「落としていい」と言うときは、落とす基準を同じ発言の中で言い切る。
「難易度が高いものから」ではなく、「回答の骨格に効かないものから」。基準を渡さない許可は出さない。
2. 範囲を絞ったときは、絞ったのが「着手順」なのか「最終範囲」なのかを、その場で言葉にして確認する。
今回のズレはここ一点で起きている。同じ語を別の意味で持ち帰るのは、会議では日常的に起きる。
3. 残業を要請する発言は、逃げ道を提示した発言と同じ場に置かない。
並べた瞬間、逃げ道のほうが無効になる。必要なら日を分ける。

おわりに

期限に間に合わないと分かった会議で、マネージャーの言葉は二種類に分かれる。基準を渡す言葉と、言い訳を用意する言葉だ。

前者は現場の判断を軽くし、後者は自分の説明を軽くする。似ているようで向きが逆で、しかも後者のほうが口をついて出やすい。私の場合、後者ばかりが並んだ。

明日ひとつだけやるなら、これを勧めたい。「落としていい」と言いそうになったら、その文の後半に「どこから順に」を必ず足すこと。足せないなら、まだ落としてよい状態になっていない。


このシリーズでは、中間管理職として実際にやってしまった判断を、そのときどう間違えたかまで含めて書いています。同じ立場で似た場面に出くわす方に届けば幸いです。

※ 実際の業務経験をもとに書いていますが、当事者が特定されないよう内容を変更し、脚色しています。